その穴は最も大きいものだった。体育館が丸々一個入りそうな大きさに絶句しながら月
夜は溜め息をついてその穴に手の平を向けた。淡い色の霊力が穴を取り囲み、包んでいく。
「月夜?」
「平気だ。さすがにきついが」
 月夜はいつの間にか目を閉じていた。閉じた目蓋は小刻みに震え額には冷や汗が滲んで
いる。
 周りには倒れている人が何人もいた。倒れているだけではなく死んでいる、もしくは体
を痙攣させている人もいる。
 霊力不足だろう。術者は霊力を体を動かすエネルギーとして使っている。霊力が不足す
れば、体の活動が低下する。急激になくなれば、血液と同じで、ショック状態に陥ったり、
最悪の場合死ぬ事もある。
 ふいに、夕香の近くにいた、ベテランらしい爺が体をびくびくとさせながら倒れた。す
ぐさま、幾人かが駆け寄って医療術を施すが、体が負担に耐えられなかったらしい。白目
を剥いたまま死んでしまったその術者に心の中で合掌しながら、月夜の顔色をうかがった。
月夜がそうならないとは断言できない。そっと手を握った。少しでも、月夜の役に立てる
ように。
 さすがに馬鹿でかいとしか形容できない穴を塞ぐ事に精神を使っているのだろう。せっ
かく血の気が戻ってきた頬を真っ白にしている月夜に、夕香は何がきてもいいようにと結
界を張って目を細めた。陰気の中に微かに渦巻くのは邪気ではなく、何処か懐かしい、白
空の霊力だった。
「月夜、わかる?」
「ああ。白空だな」
 月夜も相当警戒しているらしい。その声音で、単にその集中が穴を塞ぐためではなく、
白空を警戒してという事を含んでいる事に気づいた。夕香は目を細めて舌を打った。
 しばらくして月夜の気配がふうと薄れた事に気づいて月夜を見た。体が傾いでいる。肩
を掴んで引き戻すと、はっとしたように蒼い顔をした月夜が目を見開いた。
「大丈夫?」
「ああ」
 頷いた月夜は辺りを見回して夕香と同じように目を細めた。深く息を吸って吐いた月夜
は体勢を立て直してしゃんと背筋を伸ばした。
「くるか?」
「うん」
 その言葉と共に夕香と月夜の目の前に黒い穴がぽっかりと開き大きな手のような影が二
人をさらっていった。

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